6.28 水は命 虹のHoshiプロジェクト

『夢のプロジェクト』の成功へ向けて~ 丸山祐一郎(マリオ)さん本人からのメッセージは、紺色で表示されています。

2011年03月 | ARCHIVE-SELECT | 2011年05月

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仙台の風3、地震が教えてくれた事

「えーっ!」僕とはるちゃんは大声をあげ、顔を見合わせた。
「あの日3月11日、あの津波の海岸から200メートルのところで作業をしていた…逃げ遅れたら今はなかったのかも…」

建築をしている彼は、やっと出来たばかりの家で引き渡しの準備…そして運命の2時46分を迎える。もの凄い揺れに襲われた…地震!ラジオから大津波情報が流れた。急いで目の前にあったお年寄りのディサービスに知らせたと言う。津波の到達まで20分しかない。海岸から200メートルの地点だったのですぐに車で避難。途中、近くの橋が地震で落ちていたら自分はアウトだったと当時の状況を生々しく語った…

そして何時間もかけ自宅に戻り家族の安否を確認、電気もガスも水もなく寒さに震え、何日も過ごすのだ。その間ずーっと気にしていたと言う。あのディサービスのおじいちゃん、おばあちゃん達は大丈夫だったのか?自分が逃げる時車に一人でも乗せられなかったのか?
自分で自分を責め続ける毎日だったと言う。何日もしてそのディサービス全員無事だった事を聞いた彼は心からホッと出来たと言った。
3月11日2時46分助かった人達にはそれぞれのドラマがある。中には助かっても、一生自分を責め続ける十字架を背負い込む 人達も…それでも人は生きる。亡くなった人達のためにも一歩を踏み出す。仙台に来て感じた事はそれでも生きる!と言う強いエネルギーに満ちあふれていた。

85年治安の悪いブラジルを旅していた時感じた生きるエネルギーと似ているように思った。当時のブラジルは本当に治安が悪く、毎日銃声が鳴り響いていた。今日寝ても明日が必ず来るとは保証されない。朝、目を覚ますと、今日も生きていてよかったと感謝する毎日…本当は、それが本来の人間の生き方なのだろう。平和ぼけした日本にとって、まさにこの地震はそんな生きる大切さを教えてくれたのかも知れない。命の輝き、日々の暮らしのなんでもないひと時、ひたむきにただ生きる喜び…本当はその中にこそ幸せはある。

でも、あまりにたくさんの犠牲…まだ続く余震、いや余震と言うにはあまりに大きすぎる地震、放射能汚染…それでも人は一歩を踏み出す。

テレビで新聞で繰り返し報道された津波の恐怖…本当は被災地から遠く離れた僕達が落ちこみ、元気をなくしていたのかも知れない。仙台に来て逆に元気をもらった。神戸の時も、中越の時も、柏崎の時もそうだった。みんなありがとう!みんな自分のふるさとが好きなんだ。この生きるエネルギーがある限り、日本は必ず元気になる。明日は児童館の子供達に会える。今日の夜は、どうか揺れませんように…

 仙台の風4に続く~

  風の音三郎Mario
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| 丸山祐一郎さんからのメッセージ | 12:43 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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仙台の風2、なっちゃんの誕生日

カラディモスへの追悼が終わった。千葉さんは感激して、涙ながら元気な声で僕にこう言った…「今度5月に、カラディモスに会いに行こうと思っているの。この事は伝えるね!」よかった…少しでも元気が出てくれたのかな?

一人が一人のローソクになる。僕にとってのローソクは、オルゴール…子供の時持っていた手回しの小さなオルゴール。いつも聞くわけではないけど、心が悲しい時、そのオルゴールを手でゆっくり回す。その瞬間、不思議とその小さな音に心が癒された…

ギターを弾くようになってから、いつの頃からか思った。僕は、みんなのとっておきのオルゴールになろう。そしてみんなが必要とする時、そっと心に語りかける。人に、川に、森に、鳥に、町に、とっておきのオルゴールの音を届けよう。時には自分にもね。みんな地震なんかに負けないで…

今日は、なっちゃんの誕生日!仙台に住むなっちゃんとは、もう10年前からの友。まだ若いのだがしっかりしていて、親思いの笑顔が素敵なお嬢さん。僕のコンサートも何回も企画してくれた。キャンプ場でたき火を囲んでのコンサート。僕のバラフォン(アフリカの木琴)に合わせて若い子達が踊りまくったっけ…楽しかったな。
縁とは不思議なものだ。地震から一ヶ月目の今日が誕生日とは…地震がなかったら今はない。よし、今日は最高の誕生日にしよう!
なっちゃん、おめでとう!玄関の扉を開け、僕は元気な声で挨拶した。なっちゃんは花が大好き。富山の友人花詩織牧野さん(花のパフォーマー牧野美恵子)、彼女のプレゼントブーケを飾って新曲『はやぶさ』を歌った。そして今日のとっておきのプレゼント!最近ステージで使っているコーヒーミル付きの椅子。このミルで僕が挽いた豆で、こだわりの コーヒーを飲んでもらった。なっちゃん、最高の笑顔…と思っているとまた余震が…実は仙台に入り何回も余震が来ている。これが日常の生活… たった4日間しかいられない僕は、何も言えないけど少しだけ、ここに暮らす大変さを思った…せめてここにいる時は、みんなと一緒にいる時はこの日常を受け入れ、大丈夫と笑顔で励ましあおう!

なっちゃんのお父さんが、僕達にあったとたん、せき止めていた胸の想いを吐き出すかのように語った。大のサッカーファンの彼の口から出て来たのは、とんでもない事実…
 仙台の風3に続く~

  風の音三郎Mario

| 丸山祐一郎さんからのメッセージ | 12:40 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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地震から、一ヶ月2時46分仙台の風

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全てを奪いさった大地に風が吹く…地震から一ヶ月、仙台の津波で流された海岸、荒浜は雨が降っていた。高速道路の下トンネルをくぐると、目の前に飛び込んできたあまりの悲惨な光景、思わず絶句した。おそらく、海岸まであと何キロもあるだろう田んぼには、車が大地に突き刺さり、電電車が横たわり、いくつもの電信柱が斜めになっていた。車で走れる道には、大きな木が横倒しになり枝が所々はみ出している。運転は注意を要した。神戸、中越、柏崎の地震とは全く違う津波のエネルギー…自分の目で見て、初めて津波の恐怖を思った。もし僕がここにいたら逃げおおせただろうか?この恐怖を体験し、今避難している人達、家族を亡くした人達の事を思うと胸が痛んだ…

ちょっと前の2時46分ここまでの道が渋滞し、海岸まで行き着く事が出来なかった僕とはるちゃんは、川の脇に車を止めギターを弾いた…追悼の『心の川』が仙台に流れる…ギターが雨で濡れる。この雨にも放射能が含まれているだろうか?ごめんねギター…我慢してね。この2時46分はどうしても外せないんだ。ギターに心で話し、追悼の音を奏でた。津波で亡くなった全ての人へ…

以前、演奏もした事のある六郷児童館(今は避難所になっている)に行った。ちょうど昼飯時…畳みの部屋に40人ぐらいの人達が共同生活をしていた。皆さん元気ですか?「長野から来ました。昼ご飯のBGMにちょっとだけギターを弾きます。」ギターをやさしく奏でた。春風のように、寄り添うように…演奏が終わると笑顔の拍手が来た。津波の爪痕を見ると、とても頑張ってねとは言えない…「皆さん元気で!また来ます!」と明るく笑顔で言って、避難所を後にした。

仙台、団地の中にある万華鏡ギャラリーバチカン。日本、広しと言えど万華鏡専門店は東京麻布と、ここ仙台の2件だけだと聞いた。以前このバチカンで演奏した事のある僕は地震からずーっと心配していた。あの美しいカラディモスの万華鏡は大丈夫だったろうか?

地震から一週間バチカンのオーナー千葉さんに電話がつながった。受話器の向こうで千葉さんは悲痛な声で言った。「あのビリンバウを奉納して下さったカラディモスは粉々に砕けちゃったのよ。他もほとんど全滅…私は大丈夫だったけど…」彼女の胸の想いを思うと言葉がなかった…
千葉さんが生涯かけて集めた同じ物は二つとない子供達…万華鏡は千葉さんにとって命…

玄関のベルを鳴らすと中から千葉さんの元気な声がした。片付けられた室内は整然としていて、壁から30センチ程隙間があいたピアノが地震当時の凄まじいエネルギーを物語っていた。あれだけたくさんあった万華鏡が数えるほどしかなく、「もう、これだけしか残らなかったのよ…」と言う千葉さんの声が胸に響いた。
カラディモスの砕けた破片を段ボールの中に見つけた僕は、机の上に起き千葉さんに言った。「カラディモスの追悼していいですか?」もちろんです…カラディモスに向け『心の川』を奏でる。一つ、一つの音は千葉さんのこれまでの人生への追悼…カラディモスありがとう…砕けても美しいカラディモス永遠に…
 仙台の風2へ続く…

                          風の音三郎Mario

| 丸山祐一郎さんからのメッセージ | 21:20 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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被災地のローソクになろう

「東北地方の皆さん、お元気ですか?大丈夫ですか?」
君に~歌うよ~
    星~の唄~

澄み切った青空、暖かい春の風にのって、子供達の元気な声が、木島平小学校に響いた…

みんな、ありがとう。みんなの気持ち、確かに受けとったよ。地震から一ヶ月、仙台の地に暖かい春が来ますように…街角に、海に、青空に、子供達の未来に…

日本中の素晴らしいふるさとが永遠でありますように…祈りの音を奏でよう。神戸、中越、柏崎と被災地に入り続けた人生。まさか自分が生きている中、こんな大きな地震が、また起きるとは…音楽は祈り…

放射能汚染、深刻な状況は変わらない。前のblogにも書いた。生きるもの全てに必ず必要な水…皮肉なもので、その水で原発を静めるしかない。その水をまた放射能が汚染する。そしてその水の処理…出口の見えない福島原発。同じ事の繰り返し…いったいいつまで続くのか?海も、空も、空気も、大地もみんな一つの地球の命…

津波で家族を失った人達、かろうじて助かった人達は、その中でも明日への一筋の光りを見つめ頑張ってる…僕達は、何が出来る?

誰かが言った。放射能は笑顔に弱い…放射能を体に取り込んでもいつも笑顔の人は、自然に放射性物質が排出される量が多いと言う。そう言えば癌も笑顔に弱い。笑顔は全ての病気の万能薬なのだ。いや人生の万能薬!

テレビで、被災地の93歳よしおばあちゃんが、最高の笑顔でこう言った。「笑う門には福来たる!」本当にそうだ。笑顔で、放射能なんか吹き飛ばせ!

目の前の人に、笑顔で元気を届ける。それはみな同じ…被災地に行かなくても一人、一人が周りに笑顔で元気を届ける。そうすれば、必ず日本は元気になる。みんな日本が好きなんだ。

あの、よしおばあちゃんのように自らがまず笑顔で元気になり、その笑顔と元気を目の前の人に届けるのだ。地球にもね!

地震の日の午前中、田んぼのあぜ道で、白鳥に『はやぶさ』を歌った子供達…地震から26日目、被災地へのエールと『はやぶさ』を元気に歌ってくれた。

映像を、地元のケーブルテレビふうたネットが撮ってくれた。そのDVD50枚を持って、仙台に入る。みんなの気持ち届けるよ。

担任の真嶋先生からメールがあった。「子供達にも、人のために動く事が、どんなに素敵な事かを知るいい機会にもなったと思います。」この子達の未来のためにも美しい地球を残さなくてはいけない。僕達が今出来る事、それは笑顔になる事。そして元気になる事。全てはそこから始まる。

地震から一ヶ月、11日~14日、仙台へ音の宅配。子供達の元気なメッセージと歌で、必ず仙台は笑顔になる。そして日本は元気になる。

              風の音三郎Mario

追伸

そして、このblogを書いている夜中、また大きな地震が…テレビをつけると宮城、仙台震度6強…えーっ!また~っ?仙台の友の顔が次々と浮かんだ。津波は、原発は?

東京は桜が満開。被災地の心の桜が満開になる日は、まだ遠い…先の見通せない被災地の夜に、またローソクが燈る…

ローソクは、自分の身を燃やし、人の心を、周りを照らす…被災地のローソクになろう。みんな待っててね…今行くよ~
  
 暖かい春は必ず来る。

| 丸山祐一郎さんからのメッセージ | 13:30 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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