6.28 水は命 虹のHoshiプロジェクト

『夢のプロジェクト』の成功へ向けて~ 丸山祐一郎(マリオ)さん本人からのメッセージは、紺色で表示されています。

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栗駒高原の虹

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地震で亡くなった人達に手を合わせる。目の前に広がる黄色い谷、地震の爪痕が痛々しい。
2年前、地震で流された駒の湯温泉、今では見るかげも無くただ、ただ黄色い大地が広がっていた。ちょうど旅館のあった場所だろうか?枯れた杉の木が2本寄り添うように立っている。目を閉じるとせわしなくブルドーザーの音が響き、時折うぐいすの美しい声が谷間に響く…
ここは義経伝説が残る栗駒高原。去年虹のHoshi628プロジェクト仙台の会で、ここの自然学校のスタッフがライブに来てくれ今回の運びとなった。
案内してくれたスタッフつかちゃんが言った。「本当にいいお湯だったんですよ。」
後からこのすぐ上にあるくりこま荘の湯に浸かる事になるのだが、ちょうどその時居合わせた旅人が話していた…「ここの人気物のおばあちゃんは地震から一年、土砂の5メートル下から見つかったんだよ。見つかっただけでも本当によかった…」手を合わせた。改めて地震のエネルギーの凄さを感じる。
この駒の湯温泉の場所から手前、車で5、6分の場所に栗駒自然学校はある。ログハウスの建物が6棟、広い見晴らしのいい場所に立っている。夜になると町の明かりが宝石のように美しい。
昔、義経がこの栗駒山で馬を習ったと言う。あの船から船に飛び移ったと言うハッソウ飛びもここで得とくしたらしい。
自然学校は、ここ山の上にある耕英と呼ぶ地区にあるログハウスと、山の下、松倉地区ある民家(地震の時避難所になった)二つに別れ、それぞれ様々な農業体験をし共同生活をしている。若いスタッフが多く、日本中から集まって来ている。スタッフを紹介された。まさる、あさお、みんみん、たんてい…みなあだ名で呼び合っている。とても一回では覚えきれない。小学生の兄弟が2人いた。名前はお姉さんの方がカエ、弟の方はそよ。カエちゃんは、いい目をしている。よしとばかり、「早速ライブでシャボン玉を飛ばしてね」とお願いした。そう、今日のライブは、2年前の地震の追悼ライブでもあるのだ。「この山にも音楽を届けけてね。」繋げてくれた去田さんが言った。前の旅、広島大崎上島で使った空林さんのシャボン玉残りの一本、ここで飛ばそう。全てはつながり、みんな意味がある。町を見下ろせる高台に電信柱のように木が2本垂直に立っていた。ひらめいた。あの間にチベットの旗をたなびかそう…
2本の間は7、8メートル、足りそうだ。まさるにたのんで、3メートルぐらいの高さに張ってもらうと、なんとジャスト!
赤、白、緑、色とりどりの虹の旗が気持ちよさそうに風に揺れた。コンサートが始まった。心の川のギターが栗駒の風に乗る。森の幼稚園の子供達の元気な声、お母さん、お客さんの笑顔が弾けた。子供達が無心にシャボン玉を飛ばすと、それまで曇っていた空に、太陽が顔を出した。太陽の光を受けシャボン玉は虹色に輝き、やさしい風に乗り、地震で流された駒の湯温泉に向かって飛んで行く…ギターを弾きながら心でつぶやいた。栗駒のふるさと早く元気になれ…
4日間の、楽しい夢のひと時、栗駒の山を離れる日が来た。少し雨が降っている空が明るくなって来た。「空を見てね、虹が出るかも?」とランクルのエンジンをかけ、みなに手を降った。途中、土砂が何百メートルもくずれた対岸の斜面を見ようと車を止め、空を見上げると、「おおっ」思わず声を上げた。
太陽の周りに、あの丸い虹が架かっていた。ありがとうの声が聞こえた。そう言えばここもシベリア帰りの人達が開拓したんだっけ…あのと同じだ!3年前、初めてこの丸い虹に出会った十里平と…今日も虹の旅は元気!!

                            風の音三郎Mario


| 丸山祐一郎さんからのメッセージ | 21:08 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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